「アオラレ」を観た
【ネタバレ注意!!】
体重130キロはありそうな巨漢が目に憎悪の炎を宿らせて運転席からある家を睨んでいる。偏頭痛持ちらしい男は頭痛に顔を顰めると、鎮痛薬を10錠ほどもひとつかみにすると、ラムネ菓子のようにボリボリと頬張る。爪でマッチに火をつけると、揺れるその小さな火を見つめている。これから実行しようとしている恐るべき凶行をするだけの決心が着くのを待つように。
ジェイソンやジョーカーのようなヴィランが誕生したと言ったら大袈裟だろうか。本作のヴィラン、トム・クーパーも彼らと同じ負け犬だ。離婚した元妻とその新しい恋人を殺しに来たのだ。
主人公のレイチェルは美容師で一人息子を育てている。彼女も夫と離婚協議中だ。息子を学校に送っている最中に、遅刻を理由に一番のお得意から絶縁宣言される。彼女は渋滞のせいだと他の車に苛立ちをぶつけるが、息子は冷静に言う。「寝坊した自分のせいでもあるよね」と。
前の車が青信号になっても動き出さない。彼女は苛立たしげにクラクションを鳴らす。それでも車は動かない。信号が再び赤に変わると彼女はクラクションを鳴らしながら動かない車を追い抜く。追い抜きざまに中指を立て、罵声も浴びせた。
前の車の運転手はトム・クーパーだった。次の信号で横に着くと彼はレイチェルに謝罪を求めた。彼女は謝罪するどころか、息子の静止も無視して彼の怒りを逆撫でする。
ここからニューオリンズを舞台に激しいカーチェイスが繰り広げられる。
本作は90分で観れる軽やかな娯楽映画だが、深刻なテーマを内包しているのも確かだ。映画の冒頭で現実のドラレコ映像(風かも知れないが)が流されることからも、社会的なメッセージがあることは確かだ。
この映画は象徴的には夫婦の殺し合いになっている。トムもレイチェルも夫婦の破綻を経験している。ガソリンスタンドでレイチェルを助けようとしたイケメンの指にはしっかり結婚指輪が光っていた。彼はトムにひどい目に合わされるが、トムにも結婚指輪が見えたかもしれない。
また、レイチェルの離婚弁護士とトムの会話も胸が痛くなる。トムは弁護士に「失業は裏切りか?」と聞く。トムが離婚弁護士に恨みを持っているサイコ野郎だとは知りもしない弁護士は「失業者なんて負け犬だよ」と言い放つ。もちろん彼もトムに惨殺される。
映画は予定調和的に、そしていささか雑に着地して終わる。
トム・クーパーはいわば無敵の人だった。失業し、妻に捨てられ、その妻も殺してしまった。
レイチェルは離婚はしてお得意様に仕事を切られたが、まだ仕事はある。息子もいる。苛立って人のせいにするのはよくない。前の車の人はすべてを失っているのかもしれないのだから。彼女がそのことに気づくための代償はあまりに大きかった。
トム・クーパーは最悪の徒花を咲かせてこの世を去ったわけだが、続編が観たいくらいだ。