シュメール人のメモ

気楽に色々書くよ。

「星の子」を観た

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同じ劇場で「夜明けを信じて」がやっていた。どちらを観るか迷った末「星の子」を観た。「星の子」を選んでよかった。


《ネタバレ注意》


主人公のちひろは15歳の女子中学生。両親は虚弱体質だったちひろを治したい一心で新興宗教に入信する。そして家族がゆっくりと、しかし確実に破綻していく様が描かれる。ちひろの成長と共に家は狭く、貧乏になっていく。狭い家には立派な仏壇がある。両親はいつも緑のジャージを着て頭にはタオルを載せている。そしてとうとう姉のまーちゃんは家出をして行方不明になってしまう。


ちひろは小学生の時、俳優のエドワード・ファーロングに一目惚れしてから(おそらくターミネーター2を観たのだろう)、友達も家族も道行く人も、そして自分もみんなブサイクに見えてしまうようになる。そして、両親は教団から「物の見方の歪みを治すメガネ」を買ってそれをちひろにかけさせる。このエピソードは、なにかをきっかけに物の見方が劇的に変化してしまうことを暗示している。


姉のまーちゃんは家出する前、ちひろに教団では禁止されているコーヒーを飲ませていた。苦くて飲めないと言うちひろに何度もコーヒーを飲ませる。ちひろを覚醒させたかったのだ。とうとうまーちゃんは家出してしまったわけだが、ちひろもまーちゃんが家出した時の年に近づいて覚醒し始めている。姉の革ジャンを着て鏡の中の自分を見つめるシーンが印象的だ。


ラストシーン、家族はみんなで夜空の星を見上げる。父が姉のまーちゃんから連絡が来たという。子供を産んだらしい。父と母が流れ星を見たと言うが、ちひろは見逃してしまう。家族三人で夜空を見ているが、父と母が見ている物をちひろはもう見ていない。ちひろの覚醒の時は近い。


この映画は新興宗教を断罪・糾弾する映画ではない。たしかに教団幹部の昇子さんによくない噂があることは耳にする。しかし噂は教団の外にもある。ちひろが恋する南先生にも教え子に手を出しているという噂がある。人を信じるとはどういうことかというテーマも浮かび上がってくる。


教団幹部の昇子はちひろたち信者に「あなたたちは自分の意志でここに来ていない」ということを繰り返し言う。これは「神秘的な宇宙の力の導き」の話をしているのか、それとも、「子供が親に支配されている」話をしているのか。どちらなのかは最後までわからない。


新興宗教の話ではあるが、新興宗教やそれにハマる両親を断罪する映画ではない。親と子の愛情の話だ。ただ愛は時に歪むし、愛は愛する人を苦しめることがある。「星の子」は、そのことをただ温かく、そして哀しく描いている。