シュメール人のメモ

気楽に色々書くよ。

「TENET」を観た

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 初めて「TENET」を観た時、ほとんどこの映画を理解できなかった。この映画を初見で理解できた人なんかいるんだろうか。
 劇中でも予告でも「考えるな、感じろ」という言葉が使われているが、ほんとうに考えなくても映画っておもしろいんだろうか。
 007のように世界各地の美しい景色が見れる。逆再生人間との見たことのない格闘アクションが見れる。飛行機が建物に突っ込むド迫力のシーンが見れる。でもそれってほんとにおもしろいんだろうか?
 
 パンフレットを読んで、しっかり予習復習して話をできるだけ理解してから二回目観たら……おもしろかった!
 すべて理解したわけではないが、おおまかに理解していれば全然違う。結論。ちゃんと考えろ。考えて理解しようとしなきゃこの映画は面白くない。
この映画を「TENET」の挟撃作戦のように予習復習して挟み撃ちにしろ。この映画はニ回以上見るべきだ。

 この映画がわかりにくいのは、時系列が入り乱れるからだけではない。話の展開が下手だし、やたらと複雑すぎる。初見の人がボーっとしてると画面でなにが起きているのかもわからないし、登場人物たちがどういう目的で行動しているのかもわからなくなる。
 映画の最初のシーンは、キエフのオペラハウスをテロリストが襲撃するシーンから始まるのだが、利害関係者が入り乱れていて複雑だ。そしてろくに説明もしない。表向きはテロリストとそれを制圧するウクライナ警察特殊部隊の戦闘だ。しかし、主人公はCIAの人間であり、ウクライナ警察特殊部隊に潜入している。目的はプルトニウム(実際はアルゴリズムという未来から送られてきた最終兵器の一部)を奪うことだ。そして観覧席にはウクライナ政府関係者のCIAのスパイがいる。しかし、そのCIAの計画にウクライナ政府は気付いていた。実はこのテロはウクライナ政府による偽装テロだったのだ。ウクライナ政府は偽装テロに紛れて観客もろともCIAのスパイを抹殺しようとしていた。そこで主人公は仲間のスパイを救い出し、爆弾を解除して観客を守ろうとする。しかし、ウクライナ警察に素性がバレた主人公は殺されそうになる。しかし、そこに謎の人物が表れて逆行するピストルで主人公を守ってくれた。謎の人物のリュックには五円玉のようなお守りがついていた……。
 ここまで映画が始まって3分くらい。ややこしすぎる!こんなの理解できないでしょ!

 この後もセイターという武器商人に近づくためにその妻に近づこうとするのだが、その妻が旦那であるセイターを絵画詐欺で騙した過去があるので、その絵画を盗みに行くというわけのわからない展開になる。しかもその絵を盗むために空港に飛行機を突っ込ませるんだから無茶苦茶な話だ。しかもここまでしておいて絵画は手に入らない。

 少しあらすじがわかってるくらいじゃないとこの映画を初見の人が楽しむのは難しいと思う。他にも、タイムトラベルと言っても過去や未来のある地点にタイムワープできるわけじゃなく、現在から時間を逆行していくという設定は知っておいたほうがいい。そしてここは親切なのだが、時間を順行する時の色は赤、逆行する時の色は青と色分けしてくれている事、時間を逆行している人は酸素マスクをしている、ということも知っておいていいと思う。


《以下、ネタバレ》


 キャットはいわゆる「ファムファタル」なのだが、このキャット、ビッチが過ぎる。愛人と共謀して旦那を騙して数億円奪おうとしたあげく、CIAに売り、海に突き落として殺そうとする。そのくせ枕を投げられただけで「信じられない」みたいな顔して被害者ぶっている。いやいや、おまえ先に旦那殺そうとしたやんけ。そもそもキャットは金目当てで武器商人と結婚するような女だし。
 そして、終盤のベトナムのボートの上のシーン。キャットはアルゴリズムを回収するまでセイターの自殺を食い止めるという重大な任務を引き受けるのだが、まだアルゴリズムを回収できていないのに感情的になってセイターを殺してしまう。結果的に問題はなかったのだが、あやうくキャットがビッチ過ぎるせいで世界が破滅するところだった。主人公がどうしてこんなビッチに惹かれたのか、まったく理解できない。

 アルゴリズムの話も複雑だ。セイターが死んだらアルゴリズムが起動するわけではない。セイターが死んだらアルゴリズムの位置が記録されるのだ。記録が残ると未来でアルゴリズムが見つかって起動されてしまうということらしい。これはラストシーンでキャットが自分の居場所を録音(記録)しているのと同じ理屈だ。だからラストシーンで主人公はキャットを助けに来れた。それにしても、プリヤはなぜ殺されなければならなかったのだろうか。プリヤも主人公の部下なのだからキャットを殺そうとするのを止めさせればいいだけである。知りすぎていたから殺されなければならなかったということなのか。

 「インターステラー」でもそうだが、この映画でも近い将来、地球は人間が住めなくなるという設定だ。おそらく気候変動のせいなのだろう。環境問題、エネルギー問題について暗示するシーンがたくさんある。アルゴリズムプルトニウムと呼ばれているし、若かりしセイターは原子力事故で散らばったプルトニウムを探す仕事をしていて未来人からの手紙を受け取る。映画の序盤、主人公はバルト海の洋上風力発電のタービンの中に隔離される。
 セイターと通じている未来人たちはアルゴリズムを起動させ、過去の人間たちを殺し、自分たちが生き残ろうとしている。いわば環境問題・気候変動について無責任な先祖たちに責任を取らせようとしているのだ。そして、主人公およびTENET たちはそれに抵抗している。つまり主人公とTENETがしていることは、 気候変動によって地球に人間が住めなくなる未来を実現させようとしていることになる。それは果たして正義なのだろうか。主人公は劇中で「誰もが生き残りに必死だ」と言っている。これはただの生き残りをかけた戦いということになる。そしてどちらが勝ってもそんなに明るい未来は来なさそうだ。「我々は黄昏の世界に生きている。宵に友なし」とはそういうことなのか。
 
 この世界では逆行してどの程度現実を変えることができるのか。極めて限定的にしか変えられない、実はまったく変えられないのではないかという気すらしてくる。主人公が時間を逆行してオスロ空港へと近づくと、腕から出血が始まる。過去(逆行主人公からすればこれから起こること)で過去の自分に刺されたからだ。時間を逆行しているから結果が原因より先にくる。それはわかる。しかし結果が先に来るならなにも変えられないのではないか。それとも主人公は未来に余計な影響を与えないようにわざと自分に刺されたということなのだろうか。
 同じく、主人公は時間を順行してきた過去の自分とまったく同じ格闘アクションを繰り返す。運命にガチガチに行動を縛られているみたいだ。
 現実を変えられるならニールだって助けられたのではないか。どうして美しい自己犠牲の精神を持つニールを助けずに、クソビッチのキャットを助けなければならないのだろうか。それが運命だからなのではないだろうか。ニールはそれをリアリティーと呼んでいたが。
 キリスト教では予定説という考え方がある。ある人が神に救済されるか否かはあらかじめ決まっているという思想だ。その人が生まれる前から決まっているのだ。神が全知全能ならたしかにそう考えたほうが理屈だ。神はその人が何をするのか既に知っているのだから。こういう考え方をすると人は自堕落になりそうな気がする。なにをしたって既に救済されるか否かは決まっているのだから。しかし、そうではないという。自らの運命が決まっていると本当に信じた人間は一生懸命に生きるのだという。マックス・ヴェーバーは予定説の影響で資本主義が始まったと書いている。まるでニールが自分の運命に殉じたように。
 それにしても逆行ニールはどうやってスタルスク12の爆破して潰れたアルゴリズムの在り処に入ったのだろうか。爆破して潰れているのだから入れないのでは?
 
 こうして感想を書き始めると文句ばかりになってしまった。名作というより迷作なのかもしれない。でもこうして何週間もこの映画について考えたこと自体が楽しかった。
 劇中でも時間を逆行して同じ現実を繰り返すことで「見方が変わる」という話をしている。まさに映画のことだ。ノーランはいつも映画という媒体について自覚的な映画を撮っている。同じ映画なのに見る度に発見があったり感想が変わったりする。是非何度も見て欲しい。